神戸大学附属図書館報 Vol.6 No.3(1996.10)

阪神大震災と歴史資料の救済・保存活動

坂 江  渉

 今回の阪神大震災は、文化財や歴史資料にも非常に大きな被害をもたらした。
鳥居や石碑などの石造物、江戸時代以降の旧家や酒蔵、あるいは洋館等の建造物が一瞬にして崩壊し、それにより伝統的な町並みや歴史的景観を失った地域が少なくない。また前代から所蔵されてきた古文書等の歴史資料についても、その多くが瓦礫の下に埋もれ、結果的に廃棄・流出されてしまう危機に見舞われた。さらに現在、被災地の地下に眠る埋蔵文化財は、十分な調査と保存処置が講じられないままに「破壊」されようとしている。
 このような状況をまえにして、被災した文化財や歴史資料の救済・保全をめざすボランティア組織=「歴史資料保全情報ネットワーク」(略称・史料ネット)が結成されたのは、地震から約一ヶ月経過した昨年2月半ば頃だった。そこでは当分の間、「史料レスキュー」(=全壊・半壊の家屋から歴史資料を回収し、然るべき所へ保管する活動)と「パトロール」(=歴史資料の所在や情報に関する被災地の巡回調査活動)をおこなうことになり、また直接の担い手はわれわれ関西に住む若手研究者や院生などがその中心になった。
 しかし今回のような、被災地という特殊条件のもとでの活動は、事実上初めてのことである。それだけに活動は当初困難をきわめ、なかなか市民の共感を得られない部分も多々あった。
 例えば不慣れな聞き取り調査に際して、住民から「被災して大変な時に歴史なんて関係ない」、「文化財が復興を遅らせる」と反発を食らうこともあったし、古文書や古道具を買いあさる骨董品屋と間違えられるケースもあった。またわれわれ自身も多かれ少なかれ被災者であったから、広範囲に亘る調査・救済活動を展開できず、逆に「もう少し早く来てくれたら良かったのに」と言われることもあり、全体として試行錯誤の繰り返しだったといえよう。

   西宮市旧家でのレスキュー (1995年 4月10日)
 それでも日が経つにつれ、ある程度の理解や関心が広まるようになる。その背景にはやはりボランティア参加者の忍耐強い活動や、それを支える数多くの人々や団体の物的・精神的援助などがあった。また「救出史料や地域の古文書を読む会」・「市民講座」・「シンポジウム」の開催などを通じて、地域住民と研究者を結ぶネットワーク作りを試みたことも大きいであろう。そして本年の9月7日段階で振り返ってみると、巡回調査地域は5市域37回、レスキュー行動は35回、救出した史料は段ボール箱 1,000箱以上に及び(この中には地域の具体的な歴史を復元する上で貴重な未見史料も数点含まれている)、延べ人数801名の人々がこれに参加したことになる。また同時にこの間、徐々にではあるが、市民のなかに歴史と文化を活かした街づくりや地域復興の気運も芽生えつつある。
 もちろんこれまでの活動では、このようなプラスの面のみがあったわけではない。消失・廃棄された古文書類は相当な数にのぼるであろうし、救出した史料を今後どのように整理・保管していくかは非常に大きな問題の一つである。また被災地では、「明治時代以降の古文書は歴史に関係ないと思ってました」との声がよく聞かれたが、かかる市民と研究者との間の「歴史認識のギャップ」の問題も気にかかる点の一つである。さらに前述の埋蔵文化財問題はこれからいよいよ正念場を迎えると思われ、いずれにせよ解決すべき様々な課題が残されている。
 そのためこの活動は当分の間継続させていく予定だが、その場合、市民と研究者、そして行政の三者ががっちりと連携を深め、その上で地域遺産の掘り起こしに努めることが肝要であると考えている。

  (さかえ わたる 文化学研究科助手)


 *なお、被災地の文化財や歴史資料に関する情報や、古文書等の整理・解読などについては、「史料ネット神戸センター」(神戸大学 078(881)1212,内線4070)までご連絡ください。