神戸大学附属図書館報 Vol.6 No.4(1997.1)

図書館としてのインターネット(後編)

玉岡 雅之

 (前編からの続き)

 インターネットはその歴史を簡単に振り返るとわかることですが、多くのボランティアの手によって育まれてきました(詳しいことをお知りになりたい方は、例えば、古瀬幸広、廣瀬克哉(1996)『インターネットが変える世界』岩波書店、村井純(1995)『インターネット』岩波書店、を一読されるのをお勧めします)。コンピューターネットワークはその性格からコンピューターとコンピューターを結ぶことにより、コンピューター同士で会話をすることが出来るようになりますが、その会話をするときの共通言語としてUNIXというOSが幅広く使われてきました。このUNIXというOS自身がいわばボランティアの文化から生まれてきたようなもので、そのボランティアの文化の恩恵をこれまでは主に学術・研究機関を中心に受けてきたのでした。
 ところが、この2、3年の間にインターネットの世界ががらりと変わってきました。これまで主に学術・研究機関で利用されてきたインターネットがWWWの流行も手伝って、爆発的な速度で急速に利用の裾野が広がってきたからです。今までは手弁当的にネットワークを構築し、利用してきたのですが、これまでインターネットの恩恵にあずかれなかった一般の人々が、民間のいわゆるプロバイダーと呼ばれる業者と契約してインターネットの世界を探検することが、少しずつではありますが広がりつつあります。ただ、ネットワーク利用の大前提である1人でも多くの人が参加できるという状態からは程遠い状況にあると思います。

 「コンピューターやインターネットを使いこなす(?)ことが出来なければこれからは生きていけない」といったことが喧伝され、多くの人もそのように感じています。私はこのような傾向は、インターネットやコンピューター利用の普及にとって決して正しい方向だとは思いません。
 それではどうしたらいいのでしょうか。私には、インターネットがこれまでそうであったように、構成員全体で問題を解決していく以外には考えられません。これだけ利用の裾野が広がってきてしまった以上、少数のボランティアの方々に多くを期待するのは無理ですし、善意のボランティアの方々を疲れさせてしまうだけだと思います。
 1つはこれら善意のボランティアの方々に金銭面、時間面、社会的認知の面を含めて正しく報いてあげることがまず必要だと思います。これに加えて社会全体でネットワーク、インターネットあるいはコンピューター利用の運用体制を考えていく必要があります(蛯名邦禎「ネットワーク−その利用と基盤−」『ぶんせき』1996年第10号、ではネットワークの階層構造のうち、「環境層」、「政策層」の問題として捉えています)。もう1つはやはり、ネットワ−ク整備を国の政策としてきちんと位置づけて、予算や人的支援(その前提としての人材育成も含む)の側面できちんと対応していくことが必要だと思います。国の政策としてネットワ−ク整備を考えるという中には、自治体や民間の非営利団体への支援も当然含まれます(自治体の職員をネットワークの人材育成の観点から捉え直さないといけないかも知れません)(注3)。
 今、アメリカでは全国の教育機関をインターネットで結ぶ計画が着実に進行しています。「Net Day」なる日が設けられ、企業はインターネット接続のための機器の提供を行い、実際の接続を地元の教育機関や住民との連携のもとに行い、いわゆるネットワーク過疎地をなくすことに協力をしています。日本の教育機関については国の政策としてインターネット接続が今後進められていくと思われますが、日本国民すべてがネットワークの参加者となれるためには、国の政策もさることながら、今まで以上に企業を含めたボランティアの役割が高まってくると思われます。例えば、身近な小学校などの公共機関に機器を設置し、近所の住民が出来るだけ多くの機会にインターネットの世界に触れることが可能となるように、地域ぐるみで取り組むことが必要になるでしょう。場合によっては出前でサービスを提供することも考えないといけな「かも知れません。もちろん、これらボランティアの方々やネットワークを支えていく多くの人について、その役割を正当に評価できる体制を社会的に醸成していく努力は不可欠です。

 少し図書館の話とはずれましたが、インターネットという図書館は、最初はみんなが読者の役割を演じ、やがて良質な作品をたくさん読むことによって今後は作家になろうと思わせ、その人でないと書けない作品を日本中、あるいは世界に向かって発表することを可能にします。そして世界中の人とたとえどんなに小規模であっても、コミュニケーションをとる可能性を作り出してくれます。そのためにも日本中のみんながインターネットという図書館の入口に入れるよう知恵を出し合う必要があります。ネットワークというのは、機械と機械を結ぶことを意味するのではなく、人と人を結びつけるためにあるのです。

 最後になりましたが、神戸大学の2つの「図書館」を支えてくださっている神戸大学図書館の方々、ならびに総合情報処理センターの方々、またKHANを支えている各部局の方々に心からお礼を申したいと思います。本稿をMichael Leskの次の文で締めくくりたいと思います。

  If we think of information as a sea, the job of the librarian in the future will no longer be to provide the water, but to navigate the ship.

  ("The Seven Ages of Information Retrieval" by Michael Lesk.
  http://community.bellcore.com/lesk/ages/ages.html)

(たまおか まさゆき 経済学部助教授)


(3) 本稿作成中(平成8年8月)に富山県山田村のニュースが飛び込んできました。山田村では平成8年7月中旬より村民にパソコンを無償貸与し、11月末までには、「情報センター」を村内に建設して、同年末までに各世帯をインターネットの回線で結び、テレビ電話などを利用することを計画しているようです。山田村の実験については、「富山県山田村の実験」の名前で

  http://www.asahi.com/paper/media/index2.html

で見ることが出来ます(平成8年12月17日現在)。