神戸大学附属図書館報 Vol.7 No.1(1997.4)

「電子図書館」雑感

武 田  廣

 「電子図書館」について何か書いてくれと依頼を受けたとき、酒が入っていたせいもあり気軽に引き受けてしまい、後でいざ書き始めようとすると何をどう書いていいのか途方に暮れてしまいました。大慌てで、関連文献を読んでみたのですが、いかんせん日頃の問題意識の希薄さからか、なかなか鮮明な描像を得ることができません。しかし、「電子図書館」構想自体まだ流動的(部分的なサービスは1988年頃始まっているようですが)で、素人が自由な意見を述べるのも許されるのではないかと思います。

 駄文に対する言い訳はこの程度にして、そもそも「電子図書館」(EL: Electronic Library ) とは何かと考えてみた時、一義的な定義は難しいのですが、電子化(デジタル化)した図書情報をベースにした総合的な情報提供システムと言えると思います。これが可能になるためには、近年のネットワークを含む計算機環境の急速な発展が土台になっていることは言うまでもありません。実際この雑文も、マッキントッシュのワードプロセッサーで打ち上げ、電子メールで担当者に送付されたものです。大学院生の頃、学位論文をタイプライターで打ち、指導教官に手直しされたものを再度打ち直していたのを思い起こすと隔世の感があります(特に、容赦ない手直しで、ページの割り付けが変ってしまった時などは、悲惨なものでした)。もちろん、便利になったからといって、近年の学位論文の英語の質が向上したとか、締めきりに余裕をもって提出してくるとかということとは別のような気がしますが。

 図書情報をデジタル化してサービスに供することで、さまざまな可能性が開けてきます。ネットワークさえつながっていれば、いつでもどこからでも「図書館」にアクセスして、図や表を含む必要な情報を取りだし、(著作権の難しい問題があるのですが)自分の計算機上で自由に処理することができます。キーワードによる検索も、もちろん可能です。これらのいくつかのことは、様々な分野で個別的にはすでに実現されているものです。例えば、個人の発表学術論文の検索は、(少なくとも我々の素粒子物理学の分野においては)世界的な規模でのデータベースが整備され、インターネットを通して論文名、引用件数などがたちどころに手に入ります。

 「電子図書館」を考える際に、忘れてならないのは、蔵書スペースの問題です。従来の図書館の主な役割は、情報を印刷物の形で保存し、サービスに供することでしたが、毎年発行される本、雑誌の量は膨大なものであり、遅かれ早かれ蔵書スペースがパンクすることは目にみえています。簡単に古いものを破棄していく訳にはいかず、これは殆どの図書館が抱える深刻な問題の一つです。図書情報をデジタル化し、高密度記憶媒体に収納することで、この問題はかなり解決されるのではないかと期待されます。

 記憶媒体の高密度化、ネットワークの高速化なくしては、「電子図書館」の構想自体生まれ得なかったという意味で、ハードの進展が我々の考え方を変えていく一つの事例のように思えます。図書館サービスの利便性の向上という局所的観点のみからではなく、電子図書館は壮大な文化的インフラ・ストラクチャの整備という側面も持っています。こういう大きなシステムの枠組やルールを決めていくためには、それなりの理念や哲学といったものが必要となります。歴史的に見て、日本人はこういうことがあまり得意ではないように思えます。直接的な例えではないかもしれませんが、日本の街並みと欧米のそれとを比較した場合、電線の地下埋設や共同溝の設置など、社会的・経済的インフラ・ストラクチャに対する考え方の差が歴然と表れているように思えます。欧米と日本のインフラ・ストラクチャに対する認識の差といえば、私自身以下のような経験があります。

 ヨーロッパで国際共同の高エネルギー物理学実験の準備をしていた折、収集するデータをどういう形(バンク・ストラクチャと呼ばれる)で保存し、後の物理解析に供するかについて、グループ内で深刻な議論がありました。データ・ベースやグラフィック・ディスプレイとの関連もあり、物理解析に重要な意味を持つことは理解できますが、実験開始が間近にせまっていたこともあり、我々(日本人)としては、とにかく何か一つ決めて走り出したいというのが本音でした。しかし、ヨーロッパ人(特に英国人)は、バンク・ストラクチャの理念から始めて、将来の拡張に対するフレキシビリティ、ユーザーの使い勝手の良さなどについて、延々と議論し納得するまで動きだそうとはしませんでした。結果的に最良の物に決定されたかどうかは、議論の分かれるところですが、彼らの枠組、ルール作りに関する情熱には敬服させられました(これは決して皮肉ではありません)。

 いささか本題の議論からは、脇道にそれてしまいましたが、電子図書館を考える際には図書館百年の計を立てるくらいの意気込みが必要であり、何をなすべきか、あるいは何をなすべきでないのかといったことをきちんと考えていないと、いったん構築されたインフラ・ストラクチャの軌道修正は極めて難しいと思われます。現在計算機の世界で大問題になっている西暦2000年問題には、単なるソフトウェアのバグと言い切れない要素が含まれています。ほんの少しの想像力があれば防げた問題ですが、事前に「ほんの少しの想像力」を働かせることがいかに難しいかの好例だと思います。

 とりとめもない皮相的な「雑感」を述べてきましたが、専門家諸氏にはいたずらに現在のハードウェアの急速な展開に流されることなく、確固としたインフラ・ストラクチャとしての電子図書館を構築していただきたいと願っております(最後にこういう第三者的発言をしてしまうのは、何とも情けない)。電子図書館というネーミング自体は少し違和感があるのですが、電子計算機から次第に電子という言葉が落ちてきたように、将来的には図書館と言えばデフォールトで電子図書館を意味するようになると思われます。ただし、印刷物による活字文化はそれなりの存在意義を持って、存続することは間違いありません。ぼんやりと日向ぼっこをしながら、本を読む楽しみは電子図書館の話とは全く別のものですから。

(たけだ ひろし 前副館長・自然科学系図書館担当)