神戸大学附属図書館報 Vol.7 No.4(1998.1)

文庫図書礼賛

佐藤 英一

 戦争中の大学生が戦場にたった一冊本を持って行くとしたら「岩波文庫」だった。太平洋上で戦死した従兄Mの白木の箱に出撃前に摘んだ髪の毛と爪の包み、それと手垢に汚れた「岩波文庫」が納められていた。 表紙はぼろぼろだったが「万葉集」の一冊だった。ぱらぱらとめくると妻や恋人を思う防人の歌に赤線が引かれていた。私は主のいなくなったM兄の書斎に入り色とりどりの帯の「岩波文庫」が並んだ書棚に、その「万葉集」をそっと返した。 その家も「岩波文庫」も戦災で焼けてしまった。その日から「岩波文庫」を全冊を揃えるのが私の夢となった。平成9年、医療技術短大時代の私の研究費400万円近くを使って医学部分館名谷分室に書棚とともに文庫図書を設置することができた。
 (書棚に岩波、講談社学術、現代教養、朝日、朝日文芸文庫等3,536冊が並んでいる)

(さとう えいいち 医学部保健学科教授)