神戸大学附属図書館報 Vol.9 No.1(1999.4)

兵庫県大学図書館協議会 図書館講演会(要旨)

 平成10年11月10日(火)、元関西大学文学部教授の肥田晧三氏と図書館情報大学副学長・附属図書館長の藤野幸雄氏を講師に迎え、平成10年度兵庫県大学図書館協議会講演会が関西学院大学図書館において開催されました。 興味深く示唆に富んだ内容の講演要旨を紹介します。



江戸時代の上方子ども出版文化

    元関西大学文学部教授 肥田 晧三氏

 江戸時代の子どもたちがどういう絵本を読み、どういうものが出版されていたか、上方の場合について、概要を紹介する。
 子どもの絵本は消耗品に近く、江戸時代のものが残っているのはきわめて稀である。草双紙の赤小本「初春のいはひ」(延宝6年(1678))がわが国現存最古の絵本とされ、児童文学史研究はそれらをもとになされていた。 一方、上方の子ども絵本は実物がないため、話題にされることもなかった。
 ところが、昭和55年三重県松阪市射和(いさわ)で地蔵菩薩の胎内から発見された古い12冊の子ども絵本が上方絵本であることが岡本勝氏の調査によりわかった。 (「朝日新聞」昭和55年6月4日の記事。『初期上方子供絵本集』角川書店 昭和57年影印出版)
 上方の子ども絵本の存在については、近世文学者中村幸彦氏により注意の喚起があったにもかかわらず(「文学研究」昭和35年)目を向けられることがなかったが、その発見によってにわかに注目されるようになった。 (『近世子どもの絵本集 上方篇』 中野三敏・肥田晧三編 岩波書店 1985)
 上方子ども絵本は、半紙本、丁数は5丁から8丁(江戸は必ず5丁)、紺表紙あるいは行成表紙といわれる模様入りの紙が使われ、昔話、武者絵本、化け物絵本など全体に楽しい内容のものが多いのが特徴である。 子ども絵本はほとんど刊記がないが、画風から推定して享保から天明、寛政にかけて多く出版され、ふつうは1冊、上中下3冊本、上下2冊本もある。題簽の完備したものが少なくて95%は書名がわからない。 それに最も大きな特徴は題簽に必ずふりがながふってあることである。
 上方子ども絵本の存在は、昭和60年当時で400点(『近世子どもの絵本集』にリスト掲載)、その後増えて7〜800部くらい確認できる。国会図書館には、名古屋の大惣が集めた子ども絵本の合本があるが、表紙が全部ない。 江戸の本は、3大文庫といわれる東北大学の「狩野文庫」、東京都立中央図書館の「加賀文庫」、蓬左文庫の尾崎久弥コレクションと、岩瀬文庫を加えて4箇所にはないものはないくらいに集められたが、上方のものは1冊もない。 このように江戸の赤本は大事に収集され研究されたのに、上方絵本は1000部近く現存するにもかかわらず、コレクターにも図書館にも注目されなかったのはなぜか。
 これは、上方の子ども絵本は必ず丁付けが3から始まって7までの5丁で終わり、2、8の丁付けの数字がないため不完全本と見られたためで、この上方の商習慣は、明治以後洋装本が入ってきて忘れられ、1、2が落丁と思われたのである。
 幕末明治には上方子ども絵本はどうなったか。文化文政ごろから明治まで、現存しているのは1800年までの方が多く、以後のものは少ない。つまり18世紀は絵本の時代、19世紀はおもちゃ絵の時代であると考えられる。 子ども絵本に代わるものとしておもちゃ絵が作られ、美人画、風景画、役者絵と並んで 、子どもが喜ぶ浮世絵、錦絵が1800年以後明治まで江戸、上方で多量に出版された。上方のおもちゃ絵がそれである。これらは消耗品だから残っているほうが珍しい。
 上方は墨刷り小型で、安い値段で買えた。おもちゃ絵を切ってはりあわせて本にしたものもある。東京は大錦中心だが、大阪は細版が標準のかたちである。また、東京には雛壇の立体絵本がありよく売れた。 ほかに童謡集の錦絵もある。明治20,30年ころになると、新しく石版、銅板などの子ども絵本が出てきて、木版はなくなっていった。なお、アン・ヘリング氏は収集のおもちゃ絵の分類を3種(細工用、書籍の代理、玩具遊具用)に分類している。
 子どもが7つで寺子屋で手習いを始めると、親が、机、手本紙を用意してやるが、上方の場合絵手本に子どもの喜ぶ川中島などの軍記、娘の四季、名所の取り合わせなどの絵が地模様として多色刷りで出版されている。
 このように江戸時代の子どもはおとなにあたたかく見守られていた。このすぐれた高い文化、よい環境は、国際的に見ても水準の高いものであった。
 しかし、残念なことには絵本やおもちゃ絵は消耗品として粗末に扱われ、図書館で保存されることなくコレクターもなかったため現物を見ることが困難である。宝物といってよい古いものがうち捨てられたのは悲しいことである。 わが国はよいものが身近にありすぎてかえって粗末にしている。
 江戸時代の出版物に今後目に触れる機会があればそういう目でみてほしい。
(文責:館報編集委員会)



図書館の将来について

    図書館情報大学副学長・附属図書館長 藤野 幸雄氏

 図書館の仕事は、収集から、整理、保存して利用に供するという一連のつらなりであることは、過去から現在に至るまで基本的にはかわっていない。それぞれについて体験をふまえて取り上げる。
 先ず収集について。図書館は大きく変わったと言われる。20年前に比べるとコピーを容易にとれる時代になった。また、図書館辞典の項目は、図書館相互協力などのように改訂版ではなおすことばかりである。
 印刷、出版界でバーチャルな空間で本を作ろうとしているという変化がある。ただし、ビジュアルで表現できないもの、読まなければわからない部分も多い。 たとえば『イコンと斧』というロシア文化史の図書(J. Billington著、藤野幸雄訳)の中で、イコンと斧によって説明されているロシア人の民族の象徴といったことは読まないと理解できない。 児童文学などで読者が知りたいと思う、作家は何のために書いたのかというような作品の裏側にある伝記的な部分をバーチャルな世界で提供できるかどうかわからない。 これからの情報発信とからめてそういう情報要求がありうる。
 図書の整理という点については様変わりである。学情センターの膨大なデータベースで書誌、存在、所在、利用の情報が使えるようになり、検索が楽になったのは進歩であろう。
 デジタル化についてはいくつかの問題点がある。京大で古い資料、筑波で学位論文、神戸大学で新しい試みで始まることになった。 原文がそのまま全文データベースに内蔵されどこでも取り出して利用できるのは便利であるが、著作権が問題で、一人一人についてクリアしなければならない。 筑波は申請方式をとったが、著作者があとで書き直したいということもあり得るし、申請を自らするかという問題も出てきている。 図書館情報大学では、今後雑誌の投稿規定の中でデジタル化について記載しておくことになった。
 日本のコレクションにないものはどこにもないということがあるが、デジタル化が進んでもやはり同じことがある。日本では小国の資料がない。 国際化の点で、不幸な歴史の国や地域の共通の話題にこれから日本の関心を向けていく必要がある。今後利用者の要求が変わってくる部分があり、資料提供の役割は図書館にある。
 保存について。人が知的な営みを続ける限り本が出版されるが、図書館には無限に資料を完全に入れる空間はない。 図書館の保存のしくみができていないのである。公共図書館のように1年分入った分はそのまま出ていくというわけにはいかない。 共同保存のシステムができるとしてもドキュメント・デリバリはどこの館がやるのか。センター館でもバックナンバーはどうするか。図書館の最大の役割は利用のための収集保存である。 大学が新しい方向に進むと図書館も変わっていくことがある。保存をもっと有効に、将来を考え、しくみとして取りくまなければならない。
 しかし、自分のところで必要なものまで出す必要はない。現在のコンパクトな収納の技術を取り入れることも必要である。また、収納だけを考えるのでなく、そこでこそドキュメント・デリバリができるかもしれない。ゴミでも何でもデジタル化してしまうということで考えたほうがよいかもしれない。
 除籍するしくみか保存の共同のしくみかを考えるについても、地域的なエゴとか図書館のエゴとかの問題があるが、これを利用が第一だとしてきわめて合理的に行っているのが19世紀に地域協力、共同利用の発想があったドイツである。
 利用に関しては著作権の問題が第一である。ベルヌ条約から最近はめまぐるしく変わってきた。図書館で一番問題になっているのは公衆送信権で、複写のファクス送信がいけないというのは提供の根本にぶつかる。図書館にとって利用者に対する情報提供は重要なサービスであるから、著作権に抵触して提供できないということだけは避けなければならない。利用者サービスができなくなる根拠は何なのか。裁判はほとんどが著作権とは何かという争いである。自分の家でもコンビニでもコピーできる時代に法的にどう対応できるのか、著作権とは何なのかを争うのに難しい問題がある。
 著作権というのは図書館にとって生命線になりうる。図書館には公貸権があるが、今後デジタル化やAV資料についても問題が増えてくるだろう。
 もうひとつ忘れてはならないのは国際的に外国のものをどう考えるかで、外国がフェア・ユースといっているのはどこまでか、どういう種類の使い方がフェアなのかが大きな話題になってくる。
 新しい変わり方の中でいくつかの問題に取り組まなければならない。定員削減の時代に組織を見直すことができるかどうかわからないが、変わらざるをえないし、各大学で考えなければならない。
(文責:館報編集委員会)