神戸大学附属図書館報 Vol.9 No.3(1999.10)

情報社会と個性教育

福 田 秀 樹  

情報革命の時代

 現在は情報の革命時代と言われ、インターネットや電子メールの発展により、誰もが世界中のニュース・情報を瞬時に入手できるようになった。 “情報公開法”の制定も後押しし、情報を発信する義務も生じてきた。パソコン一つでほとんどすべての仕事が行える時代の到来と言える。 例えば、国内外の学会に関しても、電子メールによる参加申し込み、要旨の提出、要旨集はCD-ROMにて配布等。
 
 勿論、図書館の様相も急激に様変わりした。図書館の新しいシステムとして電子図書館システムが設置され、 貴重な資料を将来に向けて蓄積すると共に、ネットワーク技術によって、研究や教育活動さらに地域や国際的な情報の交流が可能となった。
 
 このように簡便、迅速、コンパクトおよび情報量の豊富さなどその利便性は享受できるものの必要な情報を的確に取捨選択しないと混乱し重要度が分からなくなる。 いかに受容体の感度と選択性とを高めておくかが鍵となる。

個性教育

 英国マンチェスターにあるチェッタム音楽学校(Chetham's School of Music)を訪問したことがある。 この学校は、ロイヤル・ノーザン音楽大学の付属音楽学校として知られ、年齢8−18歳(小学生―高校生)の生徒を対象とした全寮制の名門校で、著名な音楽家を数多く輩出している。 生徒数は約150人でその内30%は海外からの留学生が占める。数百年以前の古い教会を改造した建物は威厳を放ち、 コンサートホール、ピアノホール、数十もの個室トレーニング室および生徒の宿舎がその敷地内にある。 校長のピーター・フラー氏曰く、「徹底したマンツーマン教育:毎日7−8時間の練習とその後の一般教育が基本」で、教育のポイントは「各個人の感性、個性を如何に高めるかに尽きる」と言う。

  娘がピアノを習っているおかげで、時々名手達の演奏のCDを聞くことがある。ピアニストの名手達は数多く知られているが、 近年ではスタニスラフ・ブーニンとエフゲニー・キーシンはその堂々とした演奏で、高い人気を博している。 当時弱冠19歳のスタニスラフ・ブーニンは第11回ショパン国際コンクールで、居並ぶ世界の強豪を圧倒して見事優勝を果した。 肌理濃やかなピアニズムを身につけ、時として極めて独善的な表現に片寄るその感受性豊かな演奏、強引で無邪気な自己主張、ぐんぐん人を引っ張ってゆくスピード感、爽快感や開放感がかれの特徴と言われている。
 
 ブーニンとよく対比される同じソビエト出身のピアニストに、エフゲニー・キーシンがいる。幼い頃から神童といわれ、10歳のときにモーツァルトの協奏曲でデビューした。 キーシンは実力を持ちながらコンクールには出場せず、政府の隠し玉と言われていた。しかし最早コンクールなど必要とせず、今や世界のトップレベルのピアニストとしての地位を自他とも許している。 かれの演奏態度は実に真摯で、アンコールも少しもゆるがせにせず弾き上げる。ブーニンとキーシンのいずれも、個性的で現代の超一流のピアニストであり、 その研ぎ澄まされた感性は、天賦の才に負うところも多いが厳しい教育環境の下(英才教育)で培われたものであろう。
 
 中村紘子は著書「チャイコフスキー・コンクール」に書いている。近年、我が国では年間1万人を越すピアノ科卒業生が社会に送り出され、このことが偏差値中心主義にも似た平均化をもたらしている。 国際コンクールに参加する日本人も急増しており、参加人員の約3分の1にも達する。ところが、「日本人は一つのミスもなく平然と演奏するが、機械のように無表情である」 「きちんと弾くが、個性に乏しい」といった評価を受ける。その一方で、国内での外来演奏家のによる演奏は1ヶ月で254回を数え、世界一流の演奏が容易に聞けるようになり、日本にも質的変化の到来を期待している。 彼女は「演奏教育は、教える側と学ぶ側が1対1で向き合う個人指導で、教える側がもたらす人格的音楽技術的影響は絶大で、その責任も重い」と。

21世紀の社会

 21世紀が目指すべき社会は、高度文明社会であることは疑いようがない。社会・経済の一層のソフト化が進み、情報に対する高い感性と選択性が要求される。

 世界の主要先進国は産業の国際競争力が国家の基盤であるとの立場から、その強化を図ると共に、世界の共通の公平な競争環境を整備しつつある。 労働市場のグローバル化が促進され、世界市場の流動性は高まり、ここに実力主義、専門能力の重視が必然となる。このことから、世界的な規模での競争的環境の中で個性を有し、 責任を果たす実力と倫理を有する研究者、技術者が要求される。実力主義に見合った大学教育のあり方、常に新しい知識や概念の吸収・消化ができるような高い専門能力を育む教育のあり方が重要な課題となる。

 個性ある高い専門性を有する人材を育成するには、音楽の世界と同様に責任ある個人指導的な教育が必要であるのは言うまでもない。

      (ふくだ ひでき 副館長・自然科学系担当)