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釜谷武志先生インタビュー2013.6.27 於・附属図書館館長室

神戸大学の先生方を、通信で取り上げてご紹介しています。今回は、大学院人文学研究科 釜谷武志先生です。2013年4月より附属図書館長に就任され、電子図書館係からインタビューさせていただきました。

研究について

―――本日はよろしくお願いいたします。
さっそく、先生のご研究についてお伺いしたいんですけれども、中国の古典文学をご専門にされるきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

釜谷先生(以下 釜):あまり「これがきっかけ」、ということには思い当たらないのですが、強いて言うならば中学か高校の漢文の授業で習った中国古典の詩の音の響きが、ひとつのきっかけになったような気はします。日本の古文よりも漢文に魅力を感じたので、どこか波長が合うところがあったのかなと思います。

―――では学生時代からその学科はお好きだったと?

釜:そうですね。成績はあまり良くなかったですけれども(笑)、関心はありましたね。ただ中学高校時代の漢文は、いわゆる訓読、日本語の音で読みます。ですから中国の古典を現代中国語の音で読むというのはまったく知らなかったです。大学で中国語を学んでも、古典詩が魅力を持った音の響きで聞こえてくるというところまではいかなかった。おぼろげながら「こういう感じかな」と思ったのは、大学院のドクターで2年ほど中国へ留学した時です。文部省と中国の教育部の交換留学生として行きました。向こうの人はみんな現代中国語の発音で古典の詩を読むんですね。詩は全て韻を踏んでいますから、そういう音の響きで「詩とはこういうものか」と感じたことはあります。

―――『論語』のような文章よりは、詩をずっと研究されてきたのでしょうか?

釜:はい。時代的にいいますと漢の時代、紀元前200年前後から紀元後200年くらいがひとつの対象です。詩というものがまだあまり発達していなかった時期なので、散文など別のジャンルもやっています。それから、4~5世紀ごろの陶淵明という詩人がもう一つの研究対象ですね。

―――4~5世紀というと、王朝名ではいつの頃だったでしょうか?

釜:南北朝といって北朝と南朝に分かれていた時の南朝ですね。晋の時代です。

―――漢の時代にも韻を踏んだ詩はあるのですか?

釜:あります。古い詩は、紀元前1000年ぐらいからあります。ヨーロッパの詩は頭韻といって頭の部分で韻を踏むことが多いのですけれど、中国の詩は基本的に語尾の部分ですね。CMであった、「セブンイレブン、いい気分」みたいな感じですね(笑)

―――この陶淵明という人の魅力はどのあたりに感じておられますか?

釜:この人は役人として宮仕えをするのですが、本当はしたくなかったのです。それですぐに辞めて田舎に帰って、また少し宮仕えをして辞める、ということを何度か繰り返した人です。最後は20年くらい故郷で隠棲していたのですが、そういう自分本来のあり方のようなものを最後は貫いたところに憧れますね。
もうひとつは、ものの見方ですね。風景を風景として見るというのは元からあったわけではないのです。今の僕たちのように、自然を美しい自然として見る見方がはっきり確立してきたのは、陶淵明のころからだと思います。そういうことを著書*1にも書いています。

―――それ以前には何か違う見方をしていたのですか?

釜:はい。もう決まりきったものとして見ていたのを、自分の目で見るようになったのですね。

―――今と同じような、というか、そのものとして見るということでしょうか?

釜:自分が主体となって見るといいますか、近くには木があって、遠くには山がある、というような見方ですね。それ以前の見方は鳥瞰的といいますか、上から全体を見渡しているような感じです。陶淵明の詩を読むと、部屋の中にはこれとこれがあって、窓の外に目をやると山があって風景が広がっている…というように、視線が自分の近くからだんだん遠くへ移動していくんですね。そういう書き方をした人は、彼以前にはあまりいない。

―――それでご著書の副題が「「距離」の発見」なんですね。自分から見ているものへの距離、という。

釜:そうです。

釜:今、科研費で「中国古典文学におけるタブーの研究」という研究をやっています。よく知られる例を挙げますと、文字に関するタブーで、皇帝の本名は書いたり言ったりしてはいけない、ということがあります。例えば、唐の太宗の本名は李世民ですが、その後ずっと唐代は「世」と「民」の2文字を使えなかったのです。彼は第2代皇帝で唐王朝は300年近く続きますから、使えなかった期間は大変長かったわけですね。

―――人の名前などに使ってはいけなかったと?

釜:いえ、全てです。だから文章を書いていても、「世」を使ってはいけないわけです。どうしたと思います?

―――違う字を当てるなど、ですか?

釜:そうです。ひとつの方法は、その字を書くんですけれども最後の一画を書かない、などですね。一画抜くことでタブーになっている字と同じではない、という了解をしていたのです。

―――なるほど。すごいですね。

釜:もうひとつは、似たような意味の別の字に変えることです。「世」のかわりに「代」にする、「民」のかわりに「人」を使う、などですね。中国語では発音もイントネーションも近いんです。

―――大変だったでしょうね。当時の人は。

釜:唐のはじめの頃の皇帝だから、唐が終わる頃までずっと使えないですし、皇帝が増えれば増えるほど使えない字も増えていくわけですね。難しい字ならいいですけれども、よく使う字であれば大変ですね。

―――書いても言ってもいけないけれども、「この字はタブーだ」ということは皆知っていないといけないのですよね。

釜:そうなんです。漢の最初の高祖―劉邦ですね。劉邦の「邦」が使えないので、「国」をよく使うのです。もともとは「邦」の方をよく使っていたか同じ程度だったのが、漢の初代皇帝なので漢代と通じてずっと使えなかったから、「国」を使う頻度が上がったわけです。

―――それは大変面白いですね。

釜:ですがまったく困ったことばかりではなくて、書物について言いますと、本来ある字が使われるべきところに別の字が使われていると、その文章が書かれた時代がわかるんですね。どの王朝の、どの皇帝が即位した後の時代に書かれたものか、ということがわかります。年代を鑑定するひとつの材料になるわけです。

―――こういう皇帝の名前の文字がタブーになるということはいつの時代まで続くのですか?

釜:基本的に清の王朝が終わるまでは続いていました。現代でも、毛沢東と言ったり書いたりしますが、「毛主席」と肩書をつけることも多いですね。日本でも戦前は、天皇の名前をじかに言うのは憚られることでしたね。

―――人々の意識の中にはけっこうあったということなんですね。

釜:そう思います。それで、中国では名前の他に「字」(あざな)をつけます。家族などは本名で呼び合えますが、他人がその人の本名を呼ぶのは憚られるわけです。だから本名のかわりに字を使っていたのです。

―――例えば諸葛孔明の「孔明」が字で、というようなことですね。

釜:そうです。諸葛「亮」が本名ですね。そういう文字とか当時の人々の意識とかに見られるタブーの研究をここ数年しています。
近代以前、小説や戯曲は役人や官僚という立場の人たちが大っぴらに読めるものではなかったんですね。清朝の図書目録にも小説などは入っていません。近代以降になると入りますけれども。乾隆帝の作った「四庫全書」には当時あった書物の多くが収められていますが、戯曲や小説は入ってないんですね。今の図書館でコミックを入れないけれども読んでいる人は多い、という状況に近いように思いますね。

―――確かに、コミックはあまり入れないですね。中国での小説は、書物のランクのようなものがあって、その中で低い位置だった、ということなんですね。

釜:そうです。おっしゃる通りですね。

研究スタイル・調査方法など

―――研究をされている上での資料の調査方法などをお伺いしたいんですが。

釜:古典をやっているので、基本的に本を読むことが多いです。原稿を書く時はパソコンを使います。調べごとにもパソコンを使いますが、本当にその通りの記述があるか、などの最後の確認は書物で行います。というのは電子データは時々間違いがあるからです。もちろん書物も誤りがないわけではないですが、電子データの方が誤りは多いです。
学生時代はインデックスといいますか、索引の類を使っていました。中国の古典文学というのは、より古い時代の作品や儒家の古典などを踏まえていて、読み手もそれらの古典を知っていることが前提で書かれているんです。知らない人が読むと表面上の意味はわかっても、本当の意味を理解することはできない。
大学院に進んでからは、より古い時代の作品でどういう用例があってどういう文脈で使われているかを原典にあたり、自分が対象としている作品がそれを踏まえてどんな文脈で使用しているかを検証する。その後でどう鑑賞し、どう論じるかを考える。ですから基本的な作業としては、僕のように文学をやっている人も、歴史や哲学・思想をやっている人も、より古い書物での意味を確認するということを基礎作業としているのです。

―――それは大変な作業ですね。

釜:大変です。昔の人は偉いから資料の内容も全部覚えておられたのでしょうが、私は全然知らないので、一つ一つ全部調べていました(笑)。
索引類を繰って用例が出てきますよね。何という本の何という篇にあるとわかれば、その本を出してきて用例の箇所を見つけ、どういう意味かというのを確認するわけです。時々索引が間違っていて、いくら探しても見つからないことがあるんです。ひとつの字を調べるのに丸一日かかるということもありました。
ところが今は電子テキストが普及していて、台湾の中央研究院などはかなりのデータを公開しているんです。そこにアクセスすると、ある文字にどういう用例があるかが、1~2秒で検索できます。大変速い。結果を見て原典にあたり、用例の箇所を確認することができます。

―――今はその電子テキストがあるおかげで、用例調査の時間はかなり短縮できているということでしょうか。

釜:もう全然違いますね。しかも索引類は大きくて重いですし、それが置いてあるところでないと作業ができないですが、電子テキストの場合、当面の作業はパソコンさえあればできます。
さっき言った四庫全書も、もともとは7セット作られて、1セットが台湾に現存しています。それをデジタル化してOCRを使い、CDでいうと20枚分くらいのデータにしたものがあるんです。パソコンに入れておけば、多少時間はかかりますが探したい文字を入力して呼び出すことができます。とても高価ですが、個人で持っている人もいるし大学図書館では入れているところが多いですね。
そういう点では研究スタイルは大きく変わりつつあります。学生諸君は僕らよりはるかにうまく調べるんですが、検索は全く同じ文字でないと引っかかりませんよね。あいまい検索とかもありますけれども。それで、検索結果が出てこないと「先生ありません」と言うわけです。でも別の似た文字で検索すると出てくるんですね。ですから、検索語が「これしかない」と思いがちなところがあって、危険といえば危険ですね。従来だといろんな可能性を探って検索していたのですが。

―――他にもあるかも、という疑いを持ってかかった方がいい、ということですよね。

リポジトリと紀要について

―――附属図書館で運営しているリポジトリのコンテンツのうち、紀要論文がかなりの割合を占めています。先生方の研究活動において、紀要論文がどれくらい重要な資料なのか、というところが気になっているのですが、先生にとってはいかがでしょうか?

釜:私もリポジトリを使わせてもらっていて、大変感謝しています。ただ、自分が調べたい論文の一部しか公開されていませんし、自分が書いたものも全て公開しているわけではありません。以前なら紀要が図書館になければコピーを依頼しなければいけなかったものが、パソコンですぐに見られるのには感激しました。コピーを依頼すると数日か1週間待つ必要があったのに1時間かからないわけですから、非常に便利になったことを実感しています。
同時に、文系の立場から見ると難しい問題もいくつかあります。例えば図版や画像を多く使う分野だと著作権の問題があります。勝手に画像の類をリポジトリに載せることはできない。かといって画像を省いて文字だけの部分を載せる、というのは論文としては不足ですよね。
また論文をまとめて本にして出版しようという人も多いですから、そういう場合個々の論文を既に公開していると出版社が躊躇します。出版しても売れないのではないか、と懸念して。文系はまだ自分の研究成果を書物として発表する形態が続いていますから、できる範囲でリポジトリ公開ということは大いにやるべきだと思いますが、義務的に全て公開、というのは難しいところがあると思っています。
理系の方でも、例えば博士論文を提出して審査を受けて、学位が授与されてから、その一部を外国雑誌に投稿することが多いようですが、すでに公開されたものだと受けつけてくれないところがあると聞きますね。そういう点も難しいところですね。
リポジトリを使う方の立場に立つと、恩恵を受けていますし、全て公開して欲しいけれども、公開する側の立場に立つと、できるところとできないところがあります。そこは一律にやるのではなくて、それぞれの学問分野の特性を大事にしながら、できる範囲で拡大して欲しいと思っています。

―――そうですね。リポジトリは研究をされた先生方が主体となるものなので、公開できるものを公開する、という形で良いのではないかと思います。やはり研究成果を持っている人のプラスにというか、メリットになるものでないとうまくいかないでしょうから。
今年度博士論文を原則公開する、ということが始まりますけれども、一律強制という雰囲気にはなっていないですしね。全文公開が難しければ要約をもって代える手続きを踏むことになりましたし。

釜:正当な理由があって、届け出が承認されれば、非公開も可能ですね。

図書館長に就任されて

釜:私は学生時代から本がないとやっていけないような分野ですので、図書館と縁のある仕事につくことができて嬉しいというか、光栄に思っています。少しでも恩返しができればいいんですけれども。

―――図書館のここが不便だ、とお感じになることなどはないですか?

釜:神戸大に関して言えば、分館や図書室がたくさんあって、全体の把握が難しいですね。ただ文系と理系の違いや、理系の中でも分野によって違うという特性を大事にして、その特性に応じた図書館のサービスができるというのが神戸大の特徴だろうと思うんです。
ひとつの大きな図書館があれば、便利なのは便利でしょうけれども、大きすぎるということもありますね。むしろ自分達の分野に特化した図書館があれば、教員も学生も使いやすいし、自分達が「こうして欲しい」という要望に応じたサービスを図書館職員の方も提供しやすくなるんじゃないかと思います。

―――そうですね。そういうふうにきちんとできていれば良いなと思います。

釜:そういう意味では非効率な面もありますが、各分野に特化した図書館だと考えれば学生にとっても教員にとっても良い形だと思います。それから、常々感謝しているのはデリバリーですね。これはほんとにありがたい。以前は教員だけでしたけど、今は学生にも提供してもらっていますし。

―――それは良かったです。これだけキャンパスが点在していると直接行き来するのは大変ですからね。

釜:私が神戸大学に来て間もないころ、今の発達科学部、当時は教育学部でしたけれど、そこにある資料とわかって、「見るのをやめておこう」と思ったことがあります(笑)

―――本当に距離の壁があって大変ですものね。

釜:ただ何というか、無駄は必要だと思いますね。以前だったら書庫に直接入って探していると、思わぬ発見というのもあったんです。そう考えると、自分が求めている情報はすぐに確実に手に入るけれども、それ以外の思わぬめっけものというのは、以前ほどはなくなりました。

―――そうですね。そういう機会が奪われているといいますか、減ってはいますね。

書物の電子化

釜:近年日本だけではなく、アメリカやヨーロッパ、中国でもものすごいスピードで書物の電子化が進んでいます。私は中国の古典を研究対象としていますので、その流れの中でとらえて考えてみますと、今の電子化の流れは二千年以上にわたる書物の長い歴史の中で、3番目の大変動期だと感じます。

―――なるほど。3番目、と言いますと?

釜:最初の大変動期は、紙の発明だと思います。漢の時代に紙が発明されて普及していったと言われますが、ではそれ以前はどんな書写材料に書いていたと思われますか?

―――そうですね。板とか、石に彫るとか・・。やはり木製品かなと思います。

釜:そうなんです。木簡とか竹簡とかいうもの、竹や木を短冊状に薄く削ったものに墨で書いて、紐で綴っていたんですね。

―――間違えたら字を削ったり、綴ったものを巻いて保管したりしていたのですよね。

釜:そうです、そうです。紐で綴った形が、漢字の「冊」の起源になったりもしています。もうひとつ、書写に使われていたのは布、絹の布ですね。でも、布に書いてもやはりたくさんになると重いですね。

―――そうですね。竹簡や木簡に比べると軽いとはいっても、重いですね。

釜:持ち運びが不便ですよね。運ぶのが不可能ではないですが、常時となると大変です。紙の発明が最初の変動期と言ったのはそこでして、紙が発明されて軽く書きやすいものになった。木簡とか竹簡の時代には、学問をするスタイルはおそらく先生の家や図書館のような場所へ学生が出向いていって、そこにある書物というか資料を使って学ぶ形だったと言われています。重い木簡の持ち運びはできないですから。ところが紙が発明されると、持ち帰って自分の家でも学問ができるわけです。常に先生のところに集まる必要はなくなる。手元に書物を置いておけることで、内容を必死に覚えるということが少し希薄になったのではないかと思います。それが第一の大きな変動期ですね。
2つめの変動期ですが、中国の4大発明ってご存知ですか?

―――ええと、紙と火薬、羅針盤、あと1つは…何でしょうか?

釜:印刷術です。通常はグーテンベルクの印刷術を想起しますが、あれは西洋近世の活版印刷術であって、もっと古くから中国では木版印刷が行われていました。始まりは唐の時代ですが、普及したのは次の宋の時代です。この時が2番目の大きな変動期だと思うんです。その前後でどう違うかというと、印刷術の普及前は、紙があっても手で書くわけです。時間がかかりますし、間違いも起こりやすい。それに対して印刷術、木版印刷は版木を彫るところでさえ間違えなければ、何部刷っても正確な書物になるわけです。これはすごく大きな変動だと思いますね。

―――書物を作るスピードが格段に違いますよね。

釜:違いますね。同一のテキストを大量に、スピーディに作るという点で、画期的な発明だったと思います。しかも、これはあまり言われないことですが、印刷術の普及以前は紙を貼り継いで巻物にしたものです。読む時にも目的の文章がその巻物のどこにあるのかと探すのが大変です。音楽のテープのようなもので頭出しが難しい。それが冊子になるとすぐに目的のページを開くことができるようになった。そこも大きな違いだと思います。
そしてこうした変動期を経ていくごとに、手を動かして書くという作業が減っていきますね。身体で覚えるということが減ってきた気がします。現代に至るまでの間も同じで、どんどん効率化された代わりに、書いて写すことの副産物として覚えることができていたのが、消えていくという気がします。
3番目の変動期として電子テキストが飛躍的に増えています。おそらくいずれは紙のテキストを凌駕して普及していくのは間違いないと思いますが、それに伴ってどういう弊害があるのかと考えると、一番大きな問題点は、ある書物を電子化した場合、書物の内容だけが大事になることです。文字として書かれている内容だけが取りだされる。それはどういう紙にどういうインクで、どういう時代に書いてあったのか、ということが一切捨象されてしまって、文字もしくは画像という情報だけが残ってきます。そうなった時に、人間の5感の中で視覚だけが大事にされるわけです。書物そのものを触る時の、手触りや匂い、重さを感じてページを繰るという作業が基本的になくなりますね。文字情報だけで全て事足れり、というふうになってしまうと、僕はそれが悪いとは断言しにくいけれども、我々の思考方法にどういう影響が出てくるかわからない。記憶して覚えるということとも関係してくると思うんです。効率化されて、欲しい情報はすぐに手に入るけれども、すぐに調べられるから覚えなくてもいい、とも言える。
覚えることに使っていた時間を有効に使って創造的なことに使えばいい、と言われますけれども、その転換は簡単にできるものでしょうか。効率化された現在ですが、無駄といえる作業をする中で覚えていき、覚えながら新しいことを考えだしていくという場合があるように思うんです。より効率的に情報を探せるようになり、時間を有効に使えるようになったけれども、逆にそれによって失われるものがあるような気がしています。
この3度目の大変動期が、今後どういうふうに変わっていくのか、長い目で見ていかなければいけないのでしょうけれども。僕の印象で言うと、1度目と2度目の変動期に匹敵するかそれ以上の変化が、これから起こってくるのだろうと感じています。電子図書館に関して僕の考えをまとめるとそういう感じですね。

―――ありがとうございます。

図書館への要望

釜:これまで申しあげたように、書物の内容だけをデジタル化すると、本そのものが持っていた情報は失われやすいです。そして1度失われてしまうと取り返しがつかないこともあり得ますので、デジタル化を進めると同時に古いものも残していっていただきたいというのが図書館への要望ですね。これは図書館長が率先してやるべきなのかもしれませんけれども。

―――仰るとおり、それは大事なことですよね。私達も念頭に置いておきたいです。
本日は、長い時間を割いていただいてありがとうございます。大変面白いお話を伺えました。どうもありがとうございました。


*1 陶淵明:「距離」の発見 / 釜谷武志著 岩波書店 2012.9
http://op.lib.kobe-u.ac.jp/opac/opac_details.cgi?lang=0&amode=11&place=&bibid=2002061840&key=B138007410309663&start=1&srmode=0&srmode=0# (2013.10.10 確認)

(文責:附属図書館電子図書館係 小村)