八七 (慶長五年)七月十七日 前田玄以・増田長盛・長束正家連署状

 八六号文書と同じ慶長五年(一六〇〇)七月一七日付で、同じく三人の豊臣家奉行から中川秀成に宛てられた連署状。
 内容的にも大差はないが、冒頭「この度(上杉)景勝発向の儀」を上巻の誓紙と太閤秀吉の御置目に背くもの、としている点、末尾が直接挙兵を求める文言でなく、「太閤様御恩賞をあい忘られず候わば、秀頼様へ御忠節あるべ」し、と秀吉の恩に報いることと秀頼へ忠節を尽くすことを強調する文言となっている点に違いがある。
 なぜこのように同じようなものが二通秀成に宛てられたのかは不詳である。大坂方の秀成を自陣営に引き込むことへの執着を示すのともとれるし、あるいは単に誤って二通送ってしまったとも考えられる。ただ、八八号文書から、恐らく秀成はこの七月一七日の時点では大坂から豊後へと下国の途上にあったと考えられ、その所在が明確でなかったことが関係しているのかも知れない。いずれにせよ、大坂方が諸将を一人でも多く何とか味方につけようとして躍起になっていることを表しているものと思われる。



解題作成:神戸大学文学部日本史研究室(デジタル化:神戸大学附属図書館)