下表の各欄の左端にある算用数字は文書番号を表しています(一部の欄では右端の[包紙]、[袋]、[箱]の傍らにも付しています)。これらの文書番号は、神戸大学文学部日本史研究室編『中川家文書』(京都:臨川書店,昭和62[1987]年3月発行)の「目次」にある文書番号と対応しています。
191 (寛永十一年)

(1634)

十一月四日

 中川久盛書状写

寛永十一(1634)年の竹中重義改易による豊後府内城の在番に関するもの

[文書](32.2×46.0cm)
 
[小画像(47KB)] [大画像(105KB)]
 
[包紙](1通入り包紙)
 
[小画像(23KB)] [大画像(62KB)]

192 寛永十三年

(1636)

八月廿七日

 飛脚伝馬定書写

藩主中川久盛の定

[文書](34.6×86.1cm)
 
[小画像] [大画像]
 
281 [包紙](8通入り包紙)
 
[小画像(37KB)] [大画像(96KB)]

193 (寛永十四年)

(1637)

十一月十五日

 松倉家家老覚書

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](32.3×49.5cm)
 
[小画像] [大画像]
 
[包紙](1通入り包紙)
 
[小画像(26KB)] [大画像(66KB)]

194 (寛永十四年)

(1637)

十一月十七日

 井口少左衛門覚書

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](32.3×49.5cm)
 
[小画像(70KB)] [大画像(145KB)]
 
[包紙](1通入り包紙)
 
[小画像(24KB)] [大画像(61KB)]

195 (寛永十四年)

(1637)

十一月十七日

 長岡是季書状写

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](32.5×49.7cm)
 
[小画像(51KB)] [大画像(107KB)]
 
[包紙](1通入り包紙)
 
[小画像(25KB)] [大画像(64KB)]

196 (寛永十四年)

(1637)

十二月十六日

 安威儀大夫嶋原有馬表様子覚書

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](35.5×54.2cm)
 
[小画像(66KB)] [大画像(145KB)]
 
[包紙](1通入り包紙)
 
[小画像(26KB)] [大画像(65KB)]

197 (寛永十四年)

(1637)

十二月十九日

 立花宗茂・有馬直純家中討死手負人覚

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](26.2×42.2cm)
 
[小画像(42KB)] [大画像(94KB)]
 
280 [袋](10通入り袋)
 
[小画像(40KB)] [大画像(99KB)]

198 (寛永十四年)

(1637)

十二月廿日

 諸家中討死手負人覚

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](15.8×44.9cm)
 
[小画像(44KB)] [大画像(95KB)]
 
280 [袋](10通入り袋)
 
[小画像(40KB)] [大画像(99KB)]

199 (寛永十四年)

(1637)

十二月廿日

 立花忠茂家中討死人覚

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](17.5×53.1cm)
 
[小画像] [大画像]
 
280 [袋](10通入り袋)
 
[小画像(40KB)] [大画像(99KB)]

200 寛永十四年

(1637)

十二月廿九日

 長尾兵左衛門・八木正家連署覚書

キリシタン三郎兵衛の穿鑿に関するもの

[文書](32.7×48.6cm)
 
[小画像(84KB)] [大画像(176KB)]