下表の各欄の左端にある算用数字は文書番号を表しています(一部の欄では右端の[包紙]、[袋]、[箱]の傍らにも付しています)。これらの文書番号は、神戸大学文学部日本史研究室編『中川家文書』(京都:臨川書店,昭和62[1987]年3月発行)の「目次」にある文書番号と対応しています。
201 (寛永十四年)

(1637)

十二月晦日

 板倉重昌・石谷貞清法度書写

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](36.0×50.5cm)
 
[小画像(50KB)] [大画像(112KB)]
 
271 [包紙](2通入り包紙)
 
[小画像(30KB)] [大画像(73KB)]

202 (寛永十四年)

(1637)

十二月晦日

 板倉重昌・石谷貞清法度書写

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](29.5×42.2cm)
 
[小画像] [大画像]
 
271 [包紙](2通入り包紙)
 
[小画像(30KB)] [大画像(73KB)]

203 (寛永十五年)

(1638)

一月一日

 細川忠利家中討死手負人指出

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](26.7×41.6cm)
 
[小画像(48KB)] [大画像(104KB)]
 
280 [袋](10通入り袋)
 
[小画像(40KB)] [大画像(99KB)]

204 (寛永十五年)

(1638)

(一月一日)

 有馬豊氏家中討死手負人指出

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](14.2×42.3cm)
 
[小画像] [大画像]
 
280 [袋](10通入り袋)
 
[小画像(40KB)] [大画像(99KB)]

205 (寛永十五年)

(1638)

(一月一日)

 松倉勝家家中討死手負人指出

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](27.8×39.8cm)
 
[小画像(47KB)] [大画像(106KB)]
 
280 [袋](10通入り袋)
 
[小画像(40KB)] [大画像(99KB)]

206 (寛永十五年)

(1638)

一月四日

 日根野吉明道具覚

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](14.7×15.4cm)
 
[小画像(33KB)] [大画像(79KB)]
 
280 [袋](10通入り袋)
 
[小画像(40KB)] [大画像(99KB)]

207 (寛永十五年)

(1638)

一月八日

 松平忠昭通行行列覚

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](26.5×40.2cm)
 
[小画像(59KB)] [大画像(126KB)]
 
280 [袋](10通入り袋)
 
[小画像(40KB)] [大画像(99KB)]

208 (寛永十五年)

(1638)

一月十五日

 原城中矢文写

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](32.2×46.3cm)
 
[小画像(63KB)] [大画像(135KB)]
 
[包紙](1通入り包紙)
 
[小画像(24KB)] [大画像(61KB)]

209 (寛永十五年)

(1638)

二月十日

 中川久盛書状案

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](35.4×48.8cm)
 
[小画像(45KB)] [大画像(100KB)]
 
[包紙](1通入り包紙)
 
[小画像(32KB)] [大画像(81KB)]

210 (寛永十五年)

(1638)

二月十日

 中川久盛書状案

キリシタン三郎兵衛の穿鑿に関するもの

[文書](32.2×45.0cm)
 
[小画像(57KB)] [大画像(120KB)]
 
[包紙](1通入り包紙)
 
[小画像(28KB)] [大画像(71KB)]