下表の各欄の左端にある算用数字は文書番号を表しています(一部の欄では右端の[包紙]、[袋]、[箱]の傍らにも付しています)。これらの文書番号は、神戸大学文学部日本史研究室編『中川家文書』(京都:臨川書店,昭和62[1987]年3月発行)の「目次」にある文書番号と対応しています。
211 (寛永十五年)

(1638)

二月十九日

 酒井忠勝書状

キリシタン三郎兵衛の穿鑿に関するもの

[文書](34.0×49.3cm)
 
[小画像(62KB)] [大画像(131KB)]
 
[包紙](1通入り包紙)
 
[小画像(28KB)] [大画像(71KB)]

212 (寛永十五年)

(1638)

 原城攻め諸家指物帳

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](15.7×46.0cm)
 
[小画像] [大画像]
 
[包紙](1通入り包紙)
 
[小画像(33KB)] [大画像(79KB)]

213 寛永十五年

(1638)

 有馬豊氏家中并諸家家中討死手負人覚

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](13.6×40.7cm)
 
[小画像] [大画像]
 
280 [袋](10通入り袋)
 
[小画像(40KB)] [大画像(99KB)]

214 寛永十五年

(1638)

四月一日

 中川久盛家中討死手負人覚

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](13.1×41.2cm)
 
[小画像] [大画像]
 
[包紙](1通入り包紙)
 
[小画像(30KB)] [大画像(73KB)]

215 (寛永十五年)

(1638)

 原城大将分書付并落書

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](16.3×64.0cm)
 
[小画像] [大画像]
 
[包紙](1通入り包紙)
 
[小画像(24KB)] [大画像(63KB)]

216 (寛永十五年)

(1638)

 落書并矢文

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](13.4×40.3cm)
 
[小画像(53KB)] [大画像(112KB)]
 
280 [袋](10通入り袋)
 
[小画像(40KB)] [大画像(99KB)]

217 (寛永十五年)

(1638)

 中川久盛陣列覚

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](32.4×49.7cm)
 
[小画像] [大画像]
 
279 [包紙](3通入り包紙)
 
[小画像(30KB)] [大画像(74KB)]

218 (寛永十五年)

(1638)

 中川久盛陣列覚

寛永十四(1637)年から同十五(1638)年にかけての島原の乱に関するもの

[文書](24.3×151.6cm)
 
[小画像] [大画像]
 
279 [包紙](3通入り包紙)
 
[小画像(30KB)] [大画像(74KB)]

219 (寛永十五年)

(1638)

六月廿二日

 江戸幕府老中連署奉書

中川久清の縁辺に関するもの

[文書](40.5×56.1cm)
 
[小画像(42KB)] [大画像(93KB)]
 
[包紙](1通入り包紙)
 
[小画像(35KB)] [大画像(84KB)]

220 (寛永十五年)

(1638)

八月廿六日

 江戸幕府老中連署奉書写

中川久清の縁辺に関するもの

[文書](40.0×54.2cm)
 
[小画像(53KB)] [大画像(117KB)]
 
[包紙](1通入り包紙)
 
[小画像] [大画像]